二宮家の歴史

二宮家の歴史
 新潟県北蒲原郡聖籠町にある二宮家は、新発田藩領蓮潟興野の名主職、のちに代々庄屋格に遇した家柄で、現在は9代目にあたる当主ほか、家族たちが今でもその建物の中に暮らしています。
現在、弁天潟を見渡す敷地は約3000坪、建物の面積は建坪で約250坪あります。この古い日本家屋は明治時代に落雷によって全焼しており、その後、まったく同じものを再現して建設されたものです。かつては今の日本庭園の中に、結婚式や宴会を行った総二階建ての大座敷が鎮座していましたが、昭和20年代に取り払われました。
残された建物のうち、5棟の蔵を含む11カ所は文化庁の登録有名文化財に指定されていますが、まだこの建物の中に家族が暮らしているため、年間を通して一般公開はされていません。「静勝園」と名づけられている日本庭園の目の前には広大な弁天潟が広がり、座敷から庭園と潟を一望できます。こうした庭を持つ一般住宅は現在の日本では類を見ないと言われています。

当主の夫人が20年前から趣味で始めたバラの園は毎年その規模を拡大しており、10年前から5月から6月にかけてのバラの満開シーズンのみ、パラ園とあわせて日本庭園も一般公開されることになりました。

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