日本庭園「静勝園」のご案内

二宮家は新発田藩領蓮潟興野の名主職、のちに代々庄屋格に遇した家柄。大正6年には968町歩余、宅地15町歩余の千歩地主に達しました。当時の趣をそのまま残す庭園は、「静勝園」と名づけられています。この日本庭園は、東側から西側にかけて高野槙(羅漢樹)、百日紅、楠木、階松など多様な樹木が植えられた平庭があります。

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楠木の大樹は大正15年頃、佐々木村の個人より貰い受け移植したもので、今は高野槙と並んで比類ない名木となっています。百日紅は先祖以来の古木で、嘉永5年に家屋を改築した際、門の脇に植えられましたが、明治8年の落雷による火事で幹の半分を焼き、翌年9月に庭の五重塔の近くに移植し現在も大切に保存されています。IMG_2362IMG_4254

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弁天潟に張り出した「涼み所」を中心とした茶庭、頂点が景勝点となる築山、つづいて亀甲竹の生い茂る竹林。これは、明治20年頃、木崎村の茶店白井屋の竹林から貰い受けたもので、節の形が亀の甲羅のようで珍しい種類のものです。

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臥石(ふせいし)を多用した枯山水の平庭と、茶室の脇の藤棚は、弁天潟を背景に涼しくたたずんでいます。庭園内の植物としては、クロマツやアカマツなどの常緑樹をはじめ、春に咲き誇る皐月ツツジ、藤、夏に微笑む百日紅、秋には真っ赤に色づく紅葉、楓など、四季折々の彩が楽しめるような配慮がされています。

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生け込み灯篭、置き灯籠、雪見灯籠と庭のあちこちに配置されている石灯籠も、「静勝園」を引き立てる影の役者です。その中でも伝説の生き物「蛟竜(こうりょう)」が彫られている中台を持つ大型の石灯籠は特に時代の古いものといわれています。築山の西側にある五重塔は、丹波五郎佐エ門が豊臣秀吉から頂き、その後、丹波師から溝口秀勝公に送られたもので、その後、白勢家が譲り受けたものを明治10年に二宮家が買い受けました。

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主座敷の縁先に置かれている加茂川石で作られた沓脱石は、もともと白勢家にあったもので、明治11年9月の明治天皇御巡幸の折に、明治天皇がその上で靴をぬがされたとされたものです。座敷正面の赤玉石2つは、天王村の市島徳次郎氏より譲り受けたもので、白石は当地のもの。半洞は天然の花崗岩で名品といわれています。八つ房梅のしたの半洞は鞍馬石です。

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この庭園が日本でも類を見ない壮大なスケールを感じさせるのは、その庭園が広大な弁天潟に面しているからです。静かに佇むこの庭が限りなく奥行きの深い空間となっていることが人々の感動を呼ぶ一因となっています。